中庸が目標

日記系になるのだろうか。予定は未定。 発言したいときには発言できないと。

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シュプルラグ

今日は帰宅してから、何を思ったのか、またマクロスFを見てました。 メドレーを聴きに。

で、見ているうちに思い付いたのですが、 バジュラと人間とのファーストインパクトというのは、 デイヴィッドソンの言う「言葉の通じない人同士が意思疎通を試みる」段階なのかな、と。 もっとも、意思疎通できる、意思を推測できるという、非常に楽観的な場合なのですが。

少し前に、ちょっとかじっただけなんですが。

どうやらその書によると、その述語が指している内容を推測するとき、 我々は「相手は、自分と比較的似ている概念体系を持っている」ことを前提とするらしい。 まぁそうでなければ、推測のしようもないのですが。

さて、それがバジュラとの関わり合いにどう関係するのか。

最初、バジュラ達がランカを人類から救出するのは、 「てんでバラバラに行動する人類をバジュラ達が理解できなかった。 その危険な集団の中にいる、フォールド波を使えるランカはまだ理解可能で、彼女を救出しようとした」 という説明があります。 これも、バジュラと人間とで同じような構造の意思決定が成されている、もしくは、 バジュラ式の意思決定方法をランカ風味に人間語へと通訳した結果になるわけです。 これをストーリーとして僕は理解した気になっています。

ところで、 どこで人間の持つ、概念「仲間(らしきもの)を助けよう」というのが入ったのでしょうね。 バジュラ式思考法の時点でしょうか? それともランカ風味の通訳時でしょうか? さて。

そもそもこの論法はゼントラーディーとのやりとりでも適用できたはずでしたね。 いや、自分の不勉強とは恥ずかしい。 すいません。マイクローンで。

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