中庸が目標

日記系になるのだろうか。予定は未定。 発言したいときには発言できないと。

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論理のもつ役割

多分、末路 というblogにこんなエントリ があります。 内容を思いっきり要約すると、こんな感じになります。

  • 結局論理は前提を明白にするためのものだと思ってます。
  • だから論理的な技法には評価を置いていないかもしれません。
  • でも論理的な姿勢が行き着く先には期待しています。

さて、ここでこの上3つについて考えてみたいとおもいます。 あまりにも圧縮しすぎてしまい、一体何を言ってるのか捕えづらくしてしまいましたから。 また、このエントリを書くにあたり、自分でも考えをまとめる、自分の理解度を把握するのに丁度良い素材でしたから。

まずは一点目。

  • 結局論理は前提を明白にするためのものだと思ってます。

論理というのは、前提と結論を結び付けるものだと考えています。

前提->前提1(仮結論1)->前提2(仮結論2)->...->前提n(仮結論n)->最終結論

論理は上の矢印で作用します。 前提0から論理を使って仮結論1が導出される。 前提1(仮結論1)から論理を使って仮結論2が導出される。 … で、最終結論に至る、と。 基本的にこの手順により前提から結論を得ます。 どんな大きな、複雑な問題でも、です。 論理で考えようとするなら。

そして論理は飛躍を許しません。 トートロジーしか許さないのです。 だから、前提1から論理を使って導出された仮結論2は論理上は全く同じ意味を持っているのです。 つまり、論理を使っても意味は増えません。 これは問題全体に対しても同じことが言えます。 どんな複雑で大きな問題に対しても、論理を使っている以上、前提と結論は同じことを言っているに過ぎないのです。 別の言葉で言うなら、前提は結論を含んでいる、とでもなるのでしょうか。

論理が適切な形で運用されたなら、結論と前提での意味の食い違いはできません。 ですから論理的に考えることができたなら、その結論と前提とを照らし合わせることができるのです。 もし、論理的に考えることができなかった場合、その結論は前提と異なる意味を含むかもしれないのです。 また、論理的に考えたつもりでも実際にはそうできなかった場合はまぁ、推して知るべし。

論理は考えかたを細かく単純に表現できるようにした結果、前提と結論とを対応付けることができるのです。 その意味で「論理は前提を明白にするもの」という記述をしたのだと思います。

さて、二点目。

  • だから論理的な技法には評価を置いていないかもしれません。

これは上記の一点目が分かれば想像することは難しくないのでしょう。 要するに論理を道具として使おうとしているのです。 それもブラックボックスでも構わない、とすら思っているようです。 何かしら、論理的な思考法で行われた推論であれば前提と結論との対応がクリアになっているはずです。 意味が変わっていることは無いはずです。 その考えかたがどんなに複雑で特殊なものであっても、論理的推論、である限りは。

だから、上記blogの楽園さんはその論理的な技法に評価を置いていないのでしょう。 それはそのなんというんですか、論理屋(とでも言えばいいのか?)に任せておくのがよろしい。 まるで数学の公式集を使うかのように。

最後の三点目。

  • でも論理的な姿勢が行き着く先には期待しています。

これは、そのままの意味でしょうか。 自分で更に考えることができません。 正直言って、想像すらできません。

強いて言うならば、今までの話より一段上に上がってものを見ていう感じがします。 今までの話は、「論理的というのがどういうものか」に集中していました。 この三点目は「論理的に考え続けると、どういうものが得られるか」という視点に移っています。 実はこの三点目の視点、これは結構大事なものだと思います。 ○○した結果、△△が得られる。 (更に、これは当初目標としていた■■をクリアできるものか) という考えかたを伴なっていますから。 自分の行動、自分の思考の行く先を更に大きな視点で観察していますから。

以上、自分の思い付くがままに書いてみました。 他の人は言及元のエントリを読んでどんなことを感じられたでしょうか。 もしよければ、ここにもコメントどうぞ。 比較の材料になりますので。

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安心感

なんと言えば良いのか。

今最近、自分が科学へと感じていた不信感は、自分だけのものではなかったようだ。 どうやらその中で、反証主義とかはポパーが有名だった、という話らしい。 昔も科学というもの、科学という営みに疑問を持った人間がいた、ということだ。 なに、僕だけが特別という話ではないらしい。 安心した。

まぁ、それが救いになるわけではない。 依然として、科学で飯を食っていく予定ではあるし。 まぁ、自分で信頼できないものを売るのだから、僕はあまり良い職業研究者にはなれないだろう。 どこまでも、科学的手法の限界を意識してしまい、強く結果を実証したとは言えない。 断言できない。

まぁ、ある一種の諦めができた。 気が向いたら、科学哲学の本でもまた読むことになるだろう。 だがそれは気晴らしだ。 それで飯を食えるわけではない。 それで飯を食うつもりもない。 その分野の専門性で対価となる生活費を稼ごうとは思わない。 悪魔でも趣味の範囲で、だ。

… そういえば、反証主義者はこのように「断言できない」ことを断言しているのだろうか。 これは断言という行為にカテゴライズされないのかな。 それとも反証主義者達はこれが断定行為だと気付いていないのか。 いや、そんな間抜けではあるまいし。

二重装甲

昨日からポパーの論文に関する考察抄というか論文集というものを読んでいる。 趣味でだが。 あ、一応学校行ってますよ。昨日は。 今日は体調不良で休みました。はい。 それを読んでいるときに感じていること。

科学に対する不安、つまり、実証主義に対する不安は不当なものでもなさそうだ。 いきなり間違いに直結するわけではない。 ただ、最近の風潮に合わないだけのようだ。

そして、そんなことを考えながら反証主義に傾倒しながらも、職業研究者として、実証主義の成果を出す。 それは実証したことにはならないのだけれど。 科学的手法の限界を知りながら、相手が誤解するであろうことを知りながら、あえてそのままだす。

そんな二重構造でもいい、か。 と思えてきた。 不誠実なのかもしれない、が。 まぁ、そんなところだ。 まだ批判の中に晒すだけの耐性が無いのだろうな。ふむ。

アニメ イリヤの空、UFOの夏 を見て

やっと6話まで見終わりました。 やっとか、もう、か。 とりあえず、全部見てしまいました。

全部見た感想として。

丁寧に作ってあるOVAだと思います。 OVA化には良い印象を抱いていなかったのですが、これは肯定できる要素を多分に持っていると思います。 何度も言いますが、丁寧に作ってあります。 丁寧に間がとられています。

4冊分の内容を6話に詰め込むというなかなか信じられないことをしています。 超特急になるかと心配していました。 事実、話の展開はスピーディなのですが、局所的に見る限りでは沈黙、言い出せなさを存分に使っています。 緩急が効いていると思います。

たまに中の人が大根なところもありますが、たま、の話です。 最低ラインの話をしても仕方ありません。

OPが良いです。 落ち着いています。 というか聞いていると悲しくなるような曲です。 本編を見終わっても何度も見てしまうものです。 ああ。

馬耳東風

最近webで目にしたのだが、「スルー力」というものがあるらしい。要するに、そのまま流せるだけのタフさ、のうようだ。

足りなかったのかなぁ。

論理的であろうとする理由

どうも僕は論理的に考えようとしているようですが、何故そんなことを目指しているのでしょうか。 論理的に考えることができると、何か良いことがあるのでしょうか。 反対に、論理的に考えることができないと、何か悪いことがあるのでしょうか。

論理的に考えることができないと、行動できなくなるのではないか、と思うのです。 論理的に考えられなれば、自分自身が何を考えているのか把握することができない。 自分の考えていることが整理できないと、相手に自分の考えを伝えることができない。 また、相手に何かしらの信号が伝わっても、相手にとって理解に苦しむような考えかたでは理解されない。 相手に理解されなかった思考は、なかったものとしてあつかわれる。 すなわち、その言葉は行動に移されない。 自分一人で行動できることは少く多くの場合は他人の協力が必要なので、結果として行動できない。

もっと悪い場合は、その言葉を悪い意味に曲解して、必要もない意思疎通のすれ違いすら生みかねない。 これは行動できないだけではなく、行動の邪魔をする可能性すらある。

このような訳で論理的に考える能力が必要だと思うのです。 つまり、相手にも理解してもらえる、自分でも自分がなにを理解しているのか理解できる考えかたが。 特に自分で考えているときは、何がルールに抵触したか、何が思考として矛盾しているのかを導き出す一筋の光となります。

矛盾してもいいじゃないか、というのですが。 なかなか他人同士での意思疎通では矛盾に気付いてそれを受け入れることは難しい。 自分自身でも矛盾に気付いてそれを見過すことになれば、今度は何を基準に自身へ警告すればよいのかを迷う。

つまり、自分自身の思考の拠が必要なために、矛盾がない、論理的である、という価値観を求めているに過ぎないのではないか、と思うのです。 思考をすすめるために、思考するため、いや、活動するために。 それだけのために、不確定な「論理的である」というコトに価値を見出そうとするのです。 そして僕はその価値を信じているのです。無意識のうちに。 論理的であることは良いことだ、と。

こういうところでは科学というのは、記述可能な自然に対し、論理的であることを是とする姿勢、そうすることに価値をおく宗教なのかもしれません。

もっとも、論理的でない活動もあって良いのですが、それは自分では探すことができません。 僕には、という意味です。 何に頼って活動すればよいのか、それが分からない、見当もつかないのです。 中には「フィーリングでOK」とか言える人もいるでしょう。 そのフィーリングとやらが分からないのです。 訓練し損ねたのでしょうかね。

選択問題

黄泉の洞窟で「右か?左か?」と迷っているときを思い出したら、

右!右!左!左!右!左!右!右!
左!左!右!右!左!右!左!左!

という光景を思い出しました。爛れているのかもしれません。

とりあえず

二重影をクリアしました。一回。 結構自分のしたい選択肢が選べたので、プレイ感は悪くない気がします。 話が進むにつれて、主人公の選択肢が甘いものへとシフトしているのが気になるところですが。まぁ、まぁ。

物語は…甘い気がします。 まぁ、謎解きが面白かったので良しとしましょう。 折角現実逃避しているゲームでダークな話しかやらない手もないでしょうし。

基本的な知識とそれらの組み合せで意欲的な設定が見れました。 ナイストライと言えるでしょう。 いろいろ突っ込みたいところはあるのですが、確かにナイストライ、です。

さて、問題はこのゲームのCGやシーンをコンプリートする価値があるかどうか、です。 時間と労力をかけるコストパフォーマンスをそう定義するかで結論が変わってきそうです。 とりあえず、もう少しはこの世界に身を浸しても良い気がします。

ただ、結構出てきた文献とかを軽く読んでみたい気もします。 古事記とか日本書紀とか。 まだ読んでなかったのか、と言われると恥ずかしい話なのですが。 読んでみるきっかけにはなりそうです。

上で挙げたものをはじめ、興味が湧いたものとしては

  • 日本古来の宗教・歴史
    • 古事記
    • 日本書紀
  • 剣術
    • 江戸初期の剣術の変遷
    • 古流剣術のセオリー
  • 名刀
  • 方位学
  • 漢字学(金文学?)

こんなところでしょうか。

  • 陰陽五行説

これはとりあえずの知識があったから優先度は低いです。 易経とか真剣に読んでなくても結構対応できるところを見ると…な感じでしょうか。

とりあえず、知っていた知識から推測するに、必要とされる知識はそう深くない。 表層的なものを知っていれば良い感じですね。 その表層的な知識を、浅く広く知ることが大変なのでしょうが。 まぁ、それほど時間をかけずになんとかなりそうな気もします。

まぁ、プレイヤーにどれだけの事前知識を要求しているのか、想定しているのかということが問題になるのでしょう。 このゲームでは、本当に丁寧に謎解きをしてくれるので、予備知識が必要ありませんでした。 さて。 そうすると、ゲーム内で出されるものの概念をどれだけ深く使えるかは難しい問題になります。 ゲームのプレイ時間は有限である限り、一般的な人間が吸収できる情報量も有限になるでしょうから。 その限界値を大きく読み外すと困ったことになります。 まぁ、そんな訳で、以前書いたペダンティックという希望には応えてくれませんでしたが。 それは仕方の無いことです。十分楽しめました。 ひょっとしたらもう少し勉強したら、2重3重の概念を楽しめるのかもしれませんし。

最後に、十兵衛の使い方は結構面白かったと思います。 シナリオ的にもエロゲー的にも。 ここには脱帽。

あまり良くない

日本はどうなっているのか、と思う。


Galge.com - トピックス -

巫女みこナース!? 「萌トリビュート」収録曲決定! PV&ラジオ情報も

相変わらず狂っているなと思い遠巻きに見てただけですが、次の一文とリンク先の写真をみて一種の絶望を覚えました。

歌はジュニアアイドルユニット「Kiss!い・も・う・とClub.」が担当する。

なんでも、


カンナ(14才)・飯島唯(11才)・小林万桜(14才)・小野由可里(11才)・小川櫻子(15才)の5人で構成されたアイドルユニット

らしいです。写真をみてみると皆整った容姿をしています。器量が良いと表現しても差し支えないでしょう。ざっと年齢の分布を見たところ、小中学生がフタコブラクダ型の2つの年齢層に分かれた、平均13歳のアイドルグループのようです。正直申し上げて、まだこの業界に入るべき年齢では内規がします。芸能界、歌謡界とかも非常に厳しいですが、オタ相手というのはあまりにもかわいそうな気がします。おそらく、今まであまり興味のなかった内容でしか活動を許されないとは。

まぁ、最終的には「僕が萌えないからダメ」という意見なんですが。何度も言いますが炉∧2Dじゃなければダメなんですよ。守備範囲外ですもの3Dなんて。他の人は守備範囲内なんでしょうか。そういう人もいるんでしょうね、きっと。

でも、金儲けの手段として採算は取れるのでしょうかね。ジュニアアイドルグループって。当たればとれるのかもしれませんね。まぁ、宝くじを買わなければ当たりませんが。

問題は宝くじを買っているのは活動している本人達か、彼らの権利を有する人間か、ということでしょうか。
その努力が報われると良いですね。なにを考える義理もないですが、少女達の成功を祈っています。

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冷め切ってしまいました。心もレンジでチンできないかな。

自分の力量

突然ですが、僕の体術の力量はどれほどでしょう。 体術といっても、打撃がないので組み技、それも主に寝技になるのですが。 まぁ、本当に当て身のない古流柔術になってしまいそうですが。 おそらく昔なら武芸者として生きていけない程未熟なものでしょう。

それは、まだ身近に自分より強い人間がいることを知っているからです。 何人もいます。 これから越えるべき人が。 人間だけでも。

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何というのでしょうか。 自分の殺傷能力の低さに呆れ返ってしまうのです。 これほどまでに自分は相手の生死を制御できないものなのか、と。

確かに無手で人間を死に至らしめるのはそれなりの技術が、技量に差がなければいけません。 しかし、今の状態では自分は最低限必要な人間を殺す技術すら身に付けていないことになります。

僕の技量では、よくやって人間の関節を壊せるだけです。 それも限られた数カ所の。 それも限りなく素人に近い人間しか壊せません。 それも無手の。 得物を持った相手であればどうなるのか、本当に想像できません。 なんと適用範囲の狭い攻撃能力でしょうか。

ましてや異形の者を倒すことなどこの体術使いにできるでしょうか。 今のレベルでは到底考えられません。

よしんばその異形の者が人間の骨格を持っていたとしても壊せるかどうか。 致死の技は身に付けていないのです。 破壊の技は事故により体得しても。 まだ修練が足りないのでしょう。

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さて、なんでこんな物騒なことを考えたのでしょうね。 大方はゲームのせいだろうとは思うのですが。 ま、いいです。 こんな馬鹿げた考えでもモチベーションの核になるのであれば。

PlanDoSeeサイクル


晩婚化に効果なし、シンガポール政府が縁結び事業撤退 : 国際 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

これはこれでよいとは思うのですよ。「この事業から撤退する」と決断することは。

反対に日本でこのような時期を決めての評価、判断、更には方針・方策の変更ができるでしょうか。

二重影

まだ誰もクリアしてませんが。そして、3日目までしか言っていませんが。

二つ影双厳、無口で状況を読もうとする。非常に素に近い行動をとれるキャラクターです。落ち着きます。必要以外の会話をしない、そんな姿勢を選べる選択肢はなかなか見なかった。すばらしい。

そして、現段階でも微妙にペダンティックな古典書物の一説。どこまでネタか、どこまで史実かを調べる楽しみすら提供していただけます。これは相当面白くなるのではないか。

期待しています。

クラシカルスタイル経由自己流

リンク先の文章は、死に方を考える守破離に対応するのかな、と思った。

分裂勘違い君劇場 - 精神年齢が3段階目以上の人は、自殺をする資格がある

以下はその文章を読んで思いついたこと。リンクするまでの関連性はなかったのだが、ま、記録として。

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死に方を選ぶということは、生き方を選ぶ、価値観を選ぶということに直結していると思っていたが、どうもそれは怪しいらしい。というのは「死に方<->生き方」という反対の意味を持った言葉で全ての状況を分類しようとしているからだ。死んでいなければ生きている、生きていなければ死んでいる、というように。無意識に排他律を適用していたのだ。

排他律の適用は数学的には美しいが、現実世界での生活において使えるとは想像できない。二十数年の短い人生経験だが、その経験が「排他律が成り立たないときはいくらでもある」と警告してくる。うるさいくらいに。今の状態ではその排他律が適用できるのか確信に至れてない。

経験的に排他律を適用できる場合は非常に限られた場合であることは身をもって感じている。この生き方、死に方の選択で排他律を適用するのはリスキーとしか言いようがない。

また、生き方、死に方の選択において、排他律を適用することに心理的抵抗を覚えることも事実だ。それは※的で、もののあはれを分かってない。いとをかしでもない。粋でもない。ようするに格好よくないのではないか、という恐れだ。

だがそれがいい、と思う自分がいるのも事実だ。どこまでも、自分の生死にかかわることですらストイックに真偽に振り分けていく。そこにはほんの少しの幅のグレーゾーンも許しはしない。

結局自分は死とストイックに向き合いたいのか、曖昧なままでぼんやりとながめたいのか、あまりはっきりとした意見を出せそうにない。きっとそれは死ぬまで続いて、死ぬときに強制的に意見を決めさせられるのではないだろうか。

と、ここまで考えてみたのだが、自分の思考を自分で読み返すと、頭を抱え込みたくなるほど頭の悪い文章を書いている事に気がつく。できるだけ理詰めでことを運ぼうと意識していたのに、まったくその意図を反映できてない。かなりヒューリスティックでファジーな認識のハックだ。Mind Hacksじゃあるまいし。

意識しても理詰めに考えることがまだできない、かといって感性で感じることもできない。やれやれこまったもんだ。いつか、自分の生死すら冷徹に見下せるような精神力を。力を。死を見下せるような力を。

チャングム最終回

うーん、中宗王はカッコ良く死んだな。 激甘なストーリーだった。 最後の2話くらいで失望した。

途中、緊迫した展開で飽きさせなかったのだが。 ミン・ジョンホと結ばれてから緊張感がないのがいけない。 なんか、なぁ。

イ・ヨンエは綺麗だが。 あの人は結構2次元な気がする。 ん?気のせいか。

---

2次元といえば、一昨日の行きの電車の中で2次元なおにゃのこを見つけた。 別にコスプレしているわけではない。 普通に真面目に学校の制服を来ていただけなのだが。 メガネのフレームといい、髪型といい、良い具合に2次元チックだった。 サブキャラにいそう。 微妙に「おぉ」となった。 こういう方面から2->3へのアプローチを考えてみるか。 …いや、僕には2Dで十分だ。はっは。

---

今日は部活の練習に参加してきた。 相変わらず僕の運動量は落ちていた。

ただ、それにしても現役ってこんなに弱くて大丈夫なのだろうか。 僕程度でガシガシ取れるようで。 他人事ながら不安になってしまった。 まぁ、これから強くなっていくのでしょう。

今日は精神が肉体にあった一日のようでした。 丹田に息を下ろせている気がします。 明日もこんな感じで過したいものです。

明日は、フランス語の宿題やって、貯めてあるゲームをやって、貯めてあるマンガを読まなければいけません。 書いた先からやる気が抜けていきそうです。 が、もう寝る身なのでそんなの知ったことじゃありません。 おやすみなさい。

いやぁ

SBCr「GA Graphic」NEWS 061117 【うぐぅ…あうーっ了承。年末のコミケは「Kanon」グッズが溢れる!!!】 INDEX

「文字って破壊力があるよね」と思った秋の夜長。

調子は悪くない

朝。 起きたり寝たりの繰り返し。

朝と言えば、

朝ー朝だよー、朝ご飯を食べて学校に行くよー。

というのを思い出す。 古いんですかねぇ、もう。

昼。 外に食べに行く。 うまいスパゲティ屋があるらしく、そこに行った。 うまかった。 久し振りに食事して良かったと思う。 うむ、感情が湧いてきた。

その後、あれこれしてから、大学へ行く。 大学つきの精神科医との面談があるからだ。 以下、学校でメモした内容。

---

どうもtodoリストは良い感じです。

他に何も考えなくて良いのが、楽、みたいです。 例のレポートに印刷したnext actionを見て作業したら、思いの他動きました。 動いたついでに次への行動への慣性もついてきました。

と、思ったら、そろそろ時間なのでこれで退場。

学校の精神科医と面談。 どうも自分は真面目な人間らしい。 冗談は顔だけにしろ、と言いたい。

---

思いの他、todoリストは進んだ。 ふむ。 順調なのかもしれない。

夜。

グラップリングの練習に参加。 ハーフガードで下になった時に、少し横を向けるようになった気がする。 そしてもっと横に移動できる気がする。しなければいけない気がする。 まぁ、それなりに追い込んだ、と言えるかな。最近の練習量と比較すると。 それなりにモチベーションもあがってる気がします。 もう少し技術的になんとかならんものかと苦笑するところですかね。 錆び付いてます。なまくらです。

ひとつ、モチベーションの素になるようなものを見付けました。 再現可能なデータを持っていないのが残念ですが。 とりあえず、もう少しはなんとかなりそうな気がします。

悪くない

今日の一日も悪くなかった。

定休日、という設定のため、のんびりと過ごした。

夜に柔術に行ってきた。力に頼っている、という助言をもらった。 話は変わるが、練習中に口の中が切れた。 事故じゃなく、純粋に寝技の練習で口の中が切れるのは久し振りだった。 それだけ一杯一杯の練習をしているということか。

最近、自分の無気力を何か別のものに転化させて依存しながらも勢いというものが出始めた気がする。 もう少し、勢いを。

ThinkingRock report by using additional japanese font(non-base-14-fonts)

ThinkingRockのver.1.2.3がリリースされました。 これで日本語でのpdfレポートの出力が可能となったわけです。 この機能を使って、日本語でのnextactionとか、contextによるlistを作って幸せになりましょう、という話です。

使ってみた結果は、こんな感じです。

thinkingrock_report_before.PNG
設定前

thinkingrock_report_after.PNG
設定後

beforeでは"####"と表示されてしまっているところが、ちゃんと日本語で表示されていますね。 これをできるような設定を記録しておきます。

用意するもの

  • ttc font (e.g. mincho.ttc) 通常"C:\WINDOWS\Fonts\MSGOTHIC.TTC"とかにあります。
  • ThinkingRock ver.1.2.3
  • Java

手順

fopでフォントの設定に必要なxmlファイルを作ります。 ThinkingRockのlib/fopで以下のコマンドを入力します。

C:\Program Files\ThinkingRock\lib>java -cp fop.jar org.apache.fop.fonts.apps.TTFReader -ttcname "MS Gothic" C:\WINDOWS\Fonts\MSGOTHIC.TTC msgothic.xml
java -cp fop.jar org.apache.fop.fonts.apps.TTFReader -ttcname "MS Gothic" C:\WINDOWS\Fonts\MSGOTHIC.TTC msgothic.xml
TTF Reader for Apache FOP 0.92beta

Parsing font...
Reading C:\WINDOWS\Fonts\MSGOTHIC.TTC...
This is a TrueType collection file with 3 fonts
Containing the following fonts: 
MS Gothic <-- selected
MS PGothic
MS UI Gothic
Number of glyphs in font: 20458
2 cmap tables
CMAP format: 4
Creating xml font file...
Creating CID encoded metrics...
Writing xml font file msgothic.xml...
This font contains no embedding license restrictions.

XML font metrics file successfullly created.

C:\Program Files\ThinkingRock\lib>

これでmsgothic.xmlがThinkingRock\libに作られました。

このmsgothic.xmlをThinkingRock\resource\fopに移動します。 ついでにmsgothic.ttcもThinkingRock\resource\fopにコピーしてください。 mvでもcopyでもD&Dでも好きにしてください。

で、ThinkingRock\resource\fop\fop.xconfを編集します。 以下のような情報を追加します。 追加するのは、下のExample Japanese fontsなところです。

<font metrics-url="arial.xml" kerning="yes" embed-url="arial.ttf">
  <font-triplet name="Arial" style="normal" weight="normal"/>
</font>
<font metrics-url="arialb.xml" kerning="yes" embed-url="arialb.ttf">
  <font-triplet name="Arial" style="normal" weight="bold"/>
</font>
<font metrics-url="ariali.xml" kerning="yes" embed-url="ariali.ttf">
  <font-triplet name="Arial" style="italic" weight="normal"/>
</font>
<font metrics-url="arialbi.xml" kerning="yes" embed-url="arialbi.ttf">
  <font-triplet name="Arial" style="italic" weight="bold"/>
</font>
<!-- -->

<!-- Example Japanese fonts -->
	<font metrics-url="msgothic.xml" embed-url="MSGOTHIC.TTC" kerning="yes">
  	  <font-triplet name="Gothic" style="normal" weight="normal"/>
	  <font-triplet name="Gothic" style="normal" weight="bold"/>
	  <font-triplet name="Gothic" style="italic" weight="normal"/>
	  <font-triplet name="Gothic" style="italic" weight="bold"/>
	</font>
<!-- -->



      </fonts>

これで準備は整ったはずです。 ThinkingRock ver.1.2.3を起動して、例えば、file->reports->nextactonと選び、次のフォントを選ぶウィンドウでfont familyをGothicと選べば日本語で吐き出されるはずです。 めでたしめでたし。

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さて、万が一記述ミスしていたときのために。 この通り設定してもできなかった、という人は連絡をいただけると、更に調べてみる、かもしれません。 いや、僕がソースを書いているわけではないので、利用する立場なのですが。 ま、そのうちオフィシャルなhowto文書が出るのでそれを待つのも手かもしれません。

多入力シングルプロセス一出力

この頃、希死念慮というものに興味を持って情報を探していたのです。 というのも、最近、自分は「現実的な選択肢として"死"ぬとメリット・デメリットの計算が楽になるのではないか」と思えたからです。 ただ、結論からいうとこの自分の感覚は、希死念慮とは違うようです。 なぜなら、希死念慮とは はてなダイアリー キーワードによると

「希死念慮」とは、死にたいと願うことです。

ただし、自殺願望とは、違うのは、客観的に理解できない理由で死にたいと願うことです。
幻聴があって死ねと言われているからとか、ただ死にたいとか。死という言葉が、頭に浮かんで離れないとか。
精神の障害があって正常な判断ができない場合に、死にたいと願うときにこの言葉を使います。

ということは、自分の"死"を選んでみようか、という計算は、自殺願望に分類されるのでしょうか。 いや、別に死にたいと願望を持っているわけではないのですが。 というか、何かしらの願望を持っていると自覚できていないのですが。

目的関数(行動)の値が最大値になる行動をとる、というポリシーなので、そう計算結果が出れば、そう行動するとは思うのですが。

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そんなことを思いながら、研究室に行き、メンタルクリニックに行き、グラップリングしてきました。 眠いです。 寝よ。

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あ、Thinking Rock ver.1.2.3が出ました。 これは期待できそうです。 そのうち時間ができたらfopで日本語pdfを出力できるか試してみたいと思います。 できたら便利になるんだろうなぁ。

未来の自分へ

最近、気分の最低値が安定してきました。谷に落ちることが少なくなったのです。比較的安定しているこの機会に、次に自分が落ちるであろう谷に対しての対策を考えて、自分で打てるであろう善後策すなわち、情報を未来の自分に託そうと思うのです。

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さて、先ほども書いたように、最近は気分の最低値は安定してきました。ま、この頃は気分の最高値は伸びず、まぁ、だらりとしたダウナーで過ごしているのですが。まぁ、いいです。

次の気分の谷に入ったらどうすべきか。今考えられうる、実現できることはこんなことです。
  • 気が済むまで寝る
  • 時間を置く
    • そのときどう頑張ってもなんともならない
    • それなりの時間を過ごせばちょっとは持ちなおす(経験的に)
  • 薬をきちんと飲む
  • 朝起きて夜寝る生活リズムを刻むようにする
  • 朝食、昼食、夕食を摂る。とくに朝食を。
  • あまりモノを考えない生活をする
    • 考えたからと言ってその状況を脱出できるわけではない
    • どちらかというとその状況を脱出してから考える方針へ
こんな感じでした。なんか、どこの本でも書いてありそうな基本的なものでしたが。今考えてみると、やっぱりここらへんだと思います。

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そして、気分が安定しても、しばらくは様子見でゆっくりゆっくり過ごすのが良いみたいです。経験的に。安定して、即稼動できるわけではないので、潮が満ちるのを待つ、というか。この満ちてくるタイムスパンが結構長いのです。僕の場合、精神的に安定してから3、4か月待って、やっと最近少し意欲を自覚できるようになりました。でも、このていどの意欲ではすぐに底をついてしまうでしょう。もう少し、もう少しためなければ行けません。時間の許す限り。

幸い僕にはもう少し時間が残されているようです。もう少し様子を見ながら、ちょっとずつ興味を覚えるように、興味を覚えたものから、ちょっとずつやってみようと思います。飽きたら放り投げ様と思います。今、根気なんていう余裕ないですもの。すぐ消耗してしまします。逆戻りなんで。とりあえず、ゆっくり、興味が湧くかを確かめながらしばらくはやっていくつもりです。

いや、何かに興味を覚えるなんて、もうできないと思っていたことです。1年前と較べて相当に回復はしているのでしょう。もう少し、ですが、焦らず。焦ることが一番危険な道ですから。

見た感想

navel(18禁)が公開しているReally? Really!のデモムービーを見て思ったことを三つ。
  1. 電磁気(J=v×B, F=J×B)
  2. 銀英伝(オッドアイ)
  3. ロサキネンシス(紅薔薇)
なんのムービーを見たのかと首をひねる。まぁ、そういう日もあるかな。

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体調は少し持ちなおした感じ。今日は結構調子が良かった。

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あと、
僕ごときが「廃人になってしまうかも」と心配するのは2、3年修行が足りませんでしたね。まだまだ安心して堕落できそうです。安心しました。

人類を滅ぼしてやる

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イリヤの空、UFOの夏〈その4〉 イリヤの空、UFOの夏〈その4〉
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読みました。

感想を僕の言葉にしてだすのがもったいないです。

4巻中盤で頭がガンガンしてきました。終盤にガンガンとした頭痛は去り、軽く頭を締め付けられる虚脱感に襲われました。

ズルズル。ゲフンゲフン。

風邪を引いてしまったようです。
結構いい調子で来ていたんですがねぇ。

ご自愛くださいませ。

---

「無銭飲食列伝」読了。とうとう本番、そろそろ本番、といったところでしょうか。

僕の世界の見方

僕は世界の認識方法を行列の積の塊のように想像しています。



(世界が受ける変化そのn)...(世界が受ける変化その1)(世界のあり方を表す行列)(評価行列その1)(評価行列その2)......(評価行列そのn)=(その人の感じている世界)


最終的に(その人の感じている世界)がハッピーであれば、あとは同でもいいのです。(世界のあり方を表す行列)がなんであっても。0行列であっても。そんなこと、僕が知りえるとは考えにくい。ま、それ良いとして。


まず、世界のあり方を示す行列が中心にあります。これは今まで得られた世界の姿を最もよくあらわしているとする行列です。この行列が世界がそうあることを確認された姿を表現している、と言っても良いかもしれません。



世界が受ける変化、というのは、世界を変える変化です。もし、世界のあり方が変化しうる、ものならば。変化しなければ、これらの行列を単位行列とすれば対応できますね。



見方を変える、ということは、(評価行列その1~n) を変えることです。評価行列の順番を変えるだけでも、「見方を変える」ことに対応します。



(世界が受ける変化)もしくは(世界のあり方を表す行列)を変えるには力が必要です。(世界が受ける変化)は、見える世界を変えるに足る能力が。社会の潮流を作れなくてはいけないのです。そして、(世界のあり方を表す行列)を変えるには、神のような、世界を超越した能力を持たなければなりません。これらは全部、自分の外側を制御する必要があります。自分が世界の一部、という前提ですが。

さて、後ろの方にある行列、すなわち(評価行列)は、自分の評価方法を記述した行列です。お金大事とか満足感大事とか楽できればいいとか世界に意味は無い、とかいう自分が思っている、世界を評価している部分です。ここは自分で変えることができます。むしろ、ここしか自分で変更できる部分は無いのですが。

ちょっと注意すべきことがあります。外部環境も評価行列を変更できるということです。例えば、教育、とかですね。何が大事かとかを教えてきます。その教育の影響を受けながら人間は自分の評価行列の中身や順番を知らぬ間に決定しているのです。

他人の評価、が評価行列である場合もあります。そうすると、人間同士で評価行列が依存する場合もあるのですが。ま、ゾンビではない、として。いや、ゾンビでも関係ないか。評価するフリをするマシーンであるなら。

いろいろ飛びながら書いてきましたが、僕は世界をこんな感じで見ているのです。単純なモデルでしか考えていなかったのですが、書いてみると、もう少し他者、世界、さらには自分の内部がどう解釈するかまでも含めて、もう少し構造化できそうですね。これはまたいつか書き足す、もしくは言及するかもしれません。

視点

Your Perception IS Your Reality - lifehack.org

まぁ、よく言われることだけど、気がつかないと気がつかないことですわな。

ブログ更新の方針

僕は現在、このブログを大体毎日決まった時間に更新しようとしています。 多分、23:00~24:00くらいでしょうか。

そもそもなんでそんな時間に更新するのでしょう。 方針を打ち出すには、目的があるはずです。 (人間の行動はあまり理性的ではないらしいのですが)

僕がこのブログを更新する理由は

  • アウトプット練習
  • 特定知人への現状報告

したいからです。 全然性格の違う2つの目標なんですけどね。

まぁ、オマケとして

  • 他の人の考えかたを知れる
  • 他の人と自分との考えかたを比較できる
  • 知らない人からコメントがもらえたりする

ということもあります。 正直、あまり期待できないだろうと思っていたのですが、現在、期待以上に機能しています。 もっと機能すればもっと嬉しいのでしょうけど。 それに関する目標が無いので、目標を達成することはできないでしょう。 青天井です。 具体的な数値がないから。

話を戻して、「なんで、毎日更新しようとするのか」を考えてみました。 理由としては

  • アウトプットの練習になる
    • アウトプットは質と量
      • 質は問えない
        • 名文を生成するノウハウを知らない
      • 量なら問える
        • 一日一エントリーというタスク。根拠はない。
          • いやでもアウトプットしなければならない時間を設定できる
            • アウトプットしたい、と思ったものは自分で時間を作っている
  • 日記形式なら知人への近況報告になる
  • 自分用としても一日を振り返るまとめになる
    • 一日を反省できる
    • 明日の目標も立てることができる
    • 鬱治療の記録として使える
  • 日記を書くことで生活リズムを作る
    • 「日記を書く」ルーチンが寝る前の儀式となっている

こんなところですかね。

最近は、エントリーにする記事の敷居が低くなってきました。 慣れてきたせいでしょうか。 なんか、どうでも良いことをつらつらと書いている気がします。 情報密度は小さくなっても仕方ない、と割り切っています。 もし、情報密度を求めて当ブログをご覧になる方がいらっしゃったら申し訳ないのですが。 そこは当分あきらめてもらおうかな、と思っています。

多分、今の僕が「書きたいときにだけ書こう」とすると、エントリーは無くなってしまうのではないか、と思います。 思い付くこと自体も少ないのですが、そういうことについて、何が表現したいのかを考える時間を持つことをしなくなると思うのです。 思考、記録、その他もろもろの、ネタ作り的なものをする時間を確保しようという気すらなくなると思うのです。 その結果、エントリーはなくなるでしょう。

このような推測は、僕個人の問題なのかもしれません。 僕は何か必要に迫られないと動きません。 必要が無い限り自分からは決して動きません。

だから、僕は、自分に課すのです。毎日の更新を。 いや、できる限り。 病院の先生が、「あまりカッチリ目標を設定するのはよろしくない」と言っていたので、それは臨機応変に、ということにしておきます。 だから、できるときは、できる限り毎日更新しようと思うのです。 更に更新できるようなスパイラルを作ろうとして。 でも、なんで更新するんでしたっけ。 そうか。アウトプット能力を伸ばす練習をするためでした。 なんでアウトプット能力を伸ばす必要があるのでしょうか。 はて。 何故自分はその出力する能力を伸ばそうとしているのでしょうか。 行き詰まりました。 あまり考えてなさそうですね。

…今度また考えてみます。

体調 下降と上昇

昨日、一昨日から体調が悪いと感じていました。 風邪ではないかと疑っています。

鼻水が止まらず、喉が痛い。 そして筋肉痛。 身体の重さ 眩暈。 頭痛。 座ることすらつらい体力。

ちょっと最後の方は、風邪に限定できないのですが。僕の場合は。 まぁ、風邪と推測できそうなものは、鼻水と喉痛くらいでしょうか。

そんな状態だったのですが、昨日はとりあえずタスクをこなしました。

  • メンタルクリニックへ行く
  • フランス語のレッスン

メンタルクリニックへ行くことは、当日最大のタスクでした。 薬が切れると、ろくなことがありません。 絶対に薬をもらってこなければならなかったからです。 できました。 よくがんばった、と思う。 甘いかな。

フランス語のレッスンは、ちょっとしんどかったかな。 喉が痛くて鼻がつまっていたので、ろくに発音できない。 どうも脱線方向へ誘導してたような感じです。 次回はもっと真面目オンリー路線に戻さなくては。

そのあと

  • グラップリングの練習へ参加

したかったのですが、これは体力的に無理でした。 運転している最中に眩暈とか眠気が襲ってきて、今考えるとなかなかエキサイティングな時間だったのかもしれません。 運転している本人は一応必死だったのですが。

そんなこともありながら、昨夜から今日の今までにかけて、ずっとベッドで寝てました。 いろいろありましたが、久し振りに寝た気がします。 下手に身体が健康よりも、生命体として余裕の無い時の方が強制的に寝させてくれるのかもしれません。 ということで、結構今は気分がマシになってきました。 体調は、相変わらず鼻水と喉痛に攻められていますが。 うむ、気分が良いので、比較的楽に寝ていれます。 これ(体調の回復)のみに集中できる今は悪くない時間です。

最近聞いた、至急と早急との違い、のような。 万難を排して、全てを放って、最優先で事にあたる、みたいな。 それはそれで安定できます。 一時的にですが。 根本的な解決策にはなっていないのですが。 まぁ、いいでしょう。

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今日 こんなの に参加しようと思っていたのですが、諸々の事情で断念。 結果として参加できなくて良かったのかもしれません。 せっかくふんどし着付けの英才教育を受けた縁があったのになぁ。

まぁ、そうなってしまったことをあれこれ考えてもどうにもならないので、考えないことにしましょう。 そうなってしまった状況は、そうなる意味があるのだ、となると、ちょっと宗教チックで死的な予感がするのですが。 まぁ、いいでしょう。

こういうことを考えられるようになった、ということは、精神的に安定してきた、のかもしれません。

視野にある程度余裕が出てきたのかな。

予想外

今日は部活に参加してきました。

予想外の後輩に一本をとられて動揺しました。 動揺しています。 どうこの事実を解釈すれば良いのか。 判断に苦慮しています。 そこからどのような行動に結びつけれるのか。 行動する必要はないのか。

文字通り押し潰されたような感じです。

確かなことは「まだ足りない」ことです。 まだ足りない。

まぁ、しばらくは暇つぶしできそうですね。 これで。

しばらくはこれを中心にして生きていきましょう。 依存するものを見つけました。 依存して壊れてくれると困るのですが。 まぁ、依存できうるものを見つけたのでよしとしましょう。 しばらくは、これを中心に時間を回してみましょう。

本当に予想外なエントリーになりました。 意味が分かりません。

以前も似たようなトピックを書いた気がするのですが。 予想外が多いですね。 用意が足りないということでしょうか。

助言してもらえることは良いことだ

自分がその助言を判断する、という責任において。

今日も頭から吸い取られていた。 動けず。 その割には、夜の柔術には行けたわけだが。 どうも夜の方が調子が良い。 日内変動か。

で、柔術は、相変わらず様子見のスパーリング。 今日も4割くらい。少々超えたか。

そこで幸運にもアドバイスしてもらえた。

  • ハーフガードで下になっている時は攻めに行くべき
    • 脇をすくう
    • 外の足を入れ直す

なるほど。 確かにそうだ。 なかなか助言してもらえなかった環境だったので、この助言はありがたい。 そのために道場を変えたといっても過言ではない。

上の助言を考えなおしているうちに

  • ハーフガードで下になっているときに背中を畳についている

ということに思い至った。 これはいけない。 やってはいけない、基礎中の基礎だった。

  • 背中をつけてはいけない
    • 両肩を付けてはいけない
    • 天上を見てはいけない

これを忘れていたのか。 自分が教えていたことを実践できていなかったとは。

これは練習し直す価値があるかもしれない。 目標になりうる、ということだ。 目標が持てる、かもしれない。

僕の言葉の代わり

分裂勘違い君劇場 - おとぎ話が人を鬱と自殺に追い込む。おとぎ話をはぎ取ると絶望回路と無気力回路が作動する。

そして、絶望回路と無気力回路が作動した人は、鬱と自殺に追い込まれる。
以上のプロセスによって、おとぎ話にかかわる全ての人は鬱と自殺に追い込まれる。
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