中庸が目標

日記系になるのだろうか。予定は未定。 発言したいときには発言できないと。

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エッセイ:好きなことを見付ける方法

How to Find What You Love to Do というのが非常に良い。

答えは自分の中にある。 絶対に辿りつけると知れ。 スキルと興味のあるものとをリストアップせよ。 それらでお金を得られる方法をとりあえず書き出してみよ。 落ち着いて良く考えろ。

こんなことを書いてくれた非常に良質のエッセイでした。 真剣にこの作業をやってみる価値があるような気がしてきました。

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planner.el

以前に使ったことがある。emacsで動作するメジャーモードだ。フランクリンプランナー的な考え方をベースに置いたソフトだ。

そのソフトをうまく使ってGTD的な使い方を紹介したページがあった。優先順位だったABCをコンテキストに使うのはうまい!

プロジェクトをブレークダウンして、必要な時期に割り振る、この思想は悪くなかった。いや、このフランクリンプランナー式は非常に重宝した。でも、doneリストの順番が変わってしまうのが難点だ。プロジェクトとしての見とおしが悪くなる。

フランスに出張していた頃に使った。結構便利だった。これがなければ、出張報告書なんて書けなかった。それくらい世話になったいいソフトです。もしよければどうぞ。

パイロットテストから分かること

シゴタノ! - 「完了させなくても良い仕事」としてのブログで「まずは小さなスケールで始めてみる」ということが言われていました。

自分はブログをはじめようか考えていました。ブログを定期的に出せるのか?出すだけの価値を持っているのか。ネタは十分にあるのか?自分の表現力では伝わらないのではないか、という心配もありましたが、とりあえず暴走気味にはじめてしまいました。そして、約半年ブログを更新し続けていることができました。

現実は、定期的にはエントリーを投稿できていない。エントリーするだけの価値を持った文章をかけているとは思えない。相手に伝わるような表現力を自分が有しているとは思えていないのですが、それでも、そのトピックで頭に浮かんだことを文字にして人前に晒してきました。まだまだ始まったばかりですが。

はじめてみるまでは、1エントリーに更新これだけ時間を割くものだとは知りませんでしたし、コメントなどのフィードバックを得ることがこれほど努力と忍耐を要するものだとは想像していませんでした。これだけでも「始めてみて初めて分かったこと」として糧にして、これからブログを続けていくかの判断材料にしていきたいと思います。

線型近似の限界へ

時間の見積もりがうまくできなくて困る【理論編】 にて。

今回ご紹介した、

   1. タスクの洗い出し
   2. タスクごとの時間の見積もり
   3. 実際にかかった時間の記録

 という一連のステップを繰り返していくことにより、
自分がどんな作業にどれだけの時間が必要なのかが分かるようになります。そして、
精度の高い時間の見積もりが、さらにはブレの少ないスケジュールが立てられるようになるはずです。

というところだが、これは曲線を線型近似して行き、結局微分することに対応するんじゃないだろうか。 そうすれば誤差は小さくなる、考えなくてよくなる。 もちろん現実に微分という作業はできないので、ある大きさでの差分という形になるのだろうが。 その算出したものとの誤差がある一定値以下であればよい、と。

というと、できる限りステップは小さくした方が良いことになるのか。 計算の精度としては。 ただ、計算できるか、という実現性についてはある程度のステップ数で妥協しなければいけない。 メモリなど計算機のハードウェアの制約があるから。 ということは、どこかで妥協すべき均衡点が存在するに違いない。 その精度で満足できないときは、ハードウェア、計算方法などの進歩を待たなくてはいけないことになる。 なるほど。

結局、スケジューリングというのは、原始的な数値計算に落ち着くということだろうか。 パワー重視、みたいな。

そんなことだから、数値計算における圧縮性流体と非圧縮性流体での取り扱いにも違いが出てくるのか。 その流体の性質を計算する際に、密度変化をどこまで細かくとるか、ということか。 連続の式 div(\rho v) = 0 を満たす計算のことだが。 ふむ。 なるほど。

技能と予測と練習と私

ロボットを認識する自分をどう相手に認識させるか、させないかについて。ライフハックの心理学:●最上位「ロボット」の人生を再度読んで、先日のエントリーの続きを考えていたら、思いついた。

例えばスポーツの練習をする場合。練習をすればするだけ、技能も先読み能力(予測)も増える、はずだ。そして試合などで練習の成果を発揮することになる。

ただここでびっくりするのは、練習はロボットの育成でしかない、ということだ。なんと。自分の能力を向上させんがために訓練しているのに、自動認識のロボットに身体の操縦を任せる為の訓練に過ぎなかったのです。なんと。

そんなことをふと思いついて、また次にふと思いついた。飛躍は承知の上だが。提案するのは自由なので、提案してみる。

そこに、自分とロボットと世界との関係を見出そうとするとデスノートのような考え方になる。自分はロボットとして振舞うにはどうすれば最適か、相手はどう予測してくるだろうか。そしてどう裏をかくのか。言いかえれば、相手が疑い得なくなった、もしくはついうっかり自動予測してしまったと所につけこむのだ。

自分も相手も、自分とロボットと世界という世界を認識しながら、さもロボットと世界にしか気付いていないという行動をとり、相手が疑い逃した視点を探し、そこに気付いていないそぶりをしながら(!!)そこを足がかりに相手の裏をかく。この世界観を前提にした読み合いのゲームということか。

通常の漫画では、技能や魂の熱さの絶対値で勝負を決しようとする。それはロボットの範囲で納まっていることなのだ。大きいほう、強いほうが、強い技を持っている方が勝つ。

この違いの気付きが、デスノートの類が「新しい面白さ」として評価される理由ではないだろうか。

環境を変えてみる効用

今日も暑かった。 自分の部屋にエアコンがないので、エアコンのある部屋に移動。 それに伴なって、普段は使用していないノートPCで作業することにした。 またまたそれに伴ない、近頃使い始めたウェブアプリケーションを使って作業した。

場所を変えて、環境を変えて作業してみたら結構作業できた。

できた要因の候補は

  • 環境がよかった
    • 涼しかったから
      • 体力的に余裕があった?
      • 精神的に余裕があった?
    • キーボードが入力しやすかった
      • ノートPC用のキーボードにもかかわらず?
    • 変換ソフトが良かった
      • 普段skk、今回IME。本当か?
    • 椅子がよかった
      • 座り方が良かった、姿勢が良かった、と書くべきか?
      • 呼吸法、ひいては集中力に関係するのか?
    • (手を置く)奥行きが広かった
    • 水分を頻繁に補給できた
  • 環境が新しかったため集中できた
    • ロボットに任せられない状況だった
  • 遊ぶものがなかった
    • 音楽は聴いていたのだが
  • 数個のアプリケーションに集中できた
    • ノートPCのスペック制限による

反対にうまくできないような要因も考えられる

  • 環境の準備が整っていない
  • 遊ぶ環境を作ってしまう
    • 設定とか
  • 食べすぎる。環境によっては。

どうも、考えれば考える程、自分は環境を変える方が作業できるのではないだろうか。 フリーアドレス(だったか?席が決まっていないの意)の方ができるのかも。 作業に最低限必要なツールだけを持って。 それも最近ではWeb アプリケーションがケアしてくれるようになった。

環境を構築して、そこから逃げ出して、必要なものだけ選別して。 そんなブラッシュアップが必要だ。 今までは、自分専用の環境構築ばかりに注力してきた。 ちょっと視点を変えても良いだろう。 気晴らしにもなる。

自分とロボットと世界と

最上位「ロボット」の人生を読んでの感想。

自分はやっと今になって自分≠最上位ロボットであることを認識し出したのかもしれない。世界の存在を疑い出したのかもしれない。

そんな時と言うのは、びっくりしたとき、世界のありかたを深く疑ったときだそうだ。ということはその展開に狼狽しているときかもしれない。そうだとしたら、今の自分はまさにその通りだ。

これももう少し経過を追うことにしよう。文章を読んで理解はできるが、自分から論を展開するまでにはこの考察方法は自分のものにはなっていない。

熱暴走

イー・アクセスが秋メドにFTTHサービス開始を検討とあったのだが、どうも読み違えてしまった。

イー・アクセスが秋葉原メイド喫茶でFTTHサービス開始を検討

・・・なんじゃこの脳内でっち上げ嘘ニュースは。これでは回転率が悪くなって収益が下がるのではないか、と心配してみたり。いや、サービスの質が向上したのだから、客一人あたりの収益をあげれば大丈夫、とか。ロクなことを考えるもんじゃないな。

シゴタノ!で、まだ見ていないことをすでに見てしまう力、と言うのがあったが、それ同じなのだろうか。単に変なことを妄想しているだけのような気がするが。・・・暑い。熱にやられたか。

isbn2bibtex

以前のエントリーで、 僕はmeadow(emacs)を使ってhowmに書籍のメモを書くと書いた。 で、正直にbibtexのデータを入力するのが面倒だとも。 そこで、ISBNを入力すればbibtexを出力してくれるステキなスクリプトはないかと探した。 あれば便利だと思った。

そんなスクリプトを探したのだが、海外版のものしかなかった。 それでは日本語の書籍が入力できそうにない。 だから、自分で日本語を出力できるものを適当にでっち上げてみた。 そんなわけで、このスクリプトによる被害が出ても責任は取れない。 自己責任で興味があれば、どうぞ。

isbn2bibtex.rb

Path: isbn2bibtex.rb
Last Update: Wed Mar 01 14:22:32 LMT 2006

文献を管理することは重要である。 文献は大きく分けて論文と書籍に分けられる。 今まで論文データ入力支援ツールはあったが、 書籍データ入力支援ツールはない(というか、見つけられなかった)。 このスクリプトを用いれば、管理に必要な書籍データの入力量を大幅に減らせる。

特徴

ISBNを入力してあるファイルを元に、bibtex形式で出力します。 書籍情報はwww.amazon.co.jpから収集します。

前提

本スクリプト動作に必要な環境は以下の通りです。

  • wwwに接続している。
  • rubyが動作する。
  • not(のとや)さん作の amazon4.rb が動作する。

使うには

  1. isbn2bibtex.rbを適当な場所に保存してください。(isbn2bibtex.rb.txtの拡張子を変更。 )
  2. isbn2bibtex.rbと同じディレクトリにnot(のとや)さん作 amazon4.rb を保存してください。
  3. isbnを入力したisbn.listを同じディレクトリに作成してください。
  4. 端末上で以下のように入力してださい。
  ruby isbn2bibtex.rb < isbn.list

使い方

  ruby isbn2bibtex.rb < isbn.list > output.bibtex.file
isbn.list :10桁の(英)数字からなるリスト。空行はエラーになる。 該当するISBNがなくてもエラーになる。
output.bibtex.file :出力先のbibファイル。データ追加なら >> に変更。

使用例

  C:\0mine\work>type isbn.list
  4488451012

  C:\0mine\work>ruby isbn2bibtex.rb < isbn.list
  @Book{,
    author = {{米澤 穂信(著)}},
    title = {{ 春期限定いちごタルト事件 }},
    publsher = {{ 東京創元社 }},
    year = { 2004-12-18 },
    annote = { },
    ISBN = { 4488451012 }
  }
  isbn2bibtex.rb:49: private method `chop' called for nil:NilClass (NoMethodError)

最後のchopはオマケみたいなもんです。 元のisbn.listで空白行があると怒られます。 直し方分かる人教えてください。

スクリプトからの呼出し例

スクリプト最後尾。

  aws = Amazon::WebService::new
  item = aws.itemlookup('4488451012')
  puts item.to_text_book

実行結果。

  C:\0mine\work>ruby isbn2bibtex.rb
  @Book{,
    author = {{米澤 穂信(著)}},
    title = {{ 春期限定いちごタルト事件 }},
    publsher = {{ 東京創元社 }},
    year = { 2004-12-18 },
    annote = { },
    ISBN = { 4488451012 }
  }

TODO

  • エラー処理
    • Amazon.co.jp に繋がらない場合
    • Amazon.co.jp で捜したけどISBNが見つからない場合
    • 一致するISBNは見つかったけど、途中の文字列が無い場合
  • Amazon.co.jp以外への対応

Required files

amazon4.rb  

これと全く同じ文書を見つけてもそっとしてください。 それは僕の書いた文書です。 多分。 誰かが盗用しない限り。

タイムトラッキングツール SlimTimer の紹介

<URL:http://slimtimer.com/> タイムシートを作るようなもの。 webベースで動作するタイムトラッカー。

これで、オフィスにいても家にいてもタイムトラッキングが一元的にできる。 webにさえ繋がっていれば。 これはこれで便利である。 例えば、職場でやっていたことを家に帰って続きをやるにしても同じ作業としてタイムトラッキングできる。 出先、でもそうか。

SlimTimer利用に必要なのは

  • username
  • email address
  • pass word

の3つ。 入力したemailに確認のmailが送られてくる。 そこにあるリンク先をクリックすれば登録作業は完了。 あとはtodoを入力してタイムトラッキングを開始すれば良い。

これは結構手軽にできる気がする。 何しろtodoをインプットしたらクリックだけでタイムトラッキングできるのだ。 それから、何にどれだけ時間を費したのかレポートまで自動でできてしまうのだ。 これは結構面白いというか、便利で助かる。

今までは自分はブラウジングのしすぎじゃないかと、firefox エクステンションの TimeTracker を使っていた。 これに置き換わるかもしれないソフトだ。 まぁTimeTrackerは入力不要だから、削ることはないだろうが。

先も言ったが、SlimTimerは簡単にレポート形式で出力できるのは良い。 自分がどう時間を使っているかを把握できるようになる。 僕の場合は、結構ブラウジングに時間を取られていた。 反面、大変だと思っていたフランス語の宿題は、結構短時間で完了していた。 なるほど。 単に心理的障壁が高かっただけだったのだ。 そういうことを定量的に示してくれた。

SlimTimerにはタグが付けれるらしいだが、これはどう使えばよいのかは分からない。 なんかhelpには書いてあるのだけれども。ふむ。 これは要調査。

SlimTimerアプリケーションとしては、bubbleというものがあるらしい。 どうもデスクトップアプリケーションとして利用できるように設定するらしい。 そのメリットはブラウザがクラッシュして閉じてしまっても、タイムトラッキングは続けられる、ということ。 まぁ、自分はまだそれほど綿密にタイムトラッキングする必要がないので、これは良しとするか。 まだ使わない、という方向で。

彼女達の流儀 感想 委員長クリア

青春、といった感じ。 前向きと言えば前向き、エロゲー的と言えばエロゲー的な終わりかた。 ま、いいか。

鳥羽莉との勝負の表現は難しかったか。 動きの表現、という制限があったようだ。 心情の表現は悪くなかったのだが。

ちょっとアレのシーンが長い。

やっぱり、緑髪+眼鏡は危険だ。 危険なゾーンだった。 マナ○○の恐しい法則があるに違いない。 おそろしや。

エネルギー切れ

今日は一日中寝ていた。 昨日はやっぱり無理をしたらしい。 超低空飛行していたところで、無理矢理練習に参加したものだから、完全にガス欠してしまった。

どうやら自分は、ある一定値以下のエネルギーになると使い物にならなくなるらしい。 それから回復するには最低丸1日の睡眠が必要のようだ。 なるほど。それなら今までの出来事が説明できる。

狂い中

外を歩いていたとき、ある女性と目があった。 その女性は連れの男性と2人で歩いていた。 歩いていたのは花壇に挟まれた幅2メートル程度の歩道。 その歩道で僕とその2人とはすれ違った。 まさにすれ違わんとしたときに女性が僕の方をちらりと見た。

どういうことだろうか。 ひょっとして僕の格好が可笑しかったのだろうか。 確かに髪はのばし放題、髭ものばし放題で、隠者の様かもしれないが。 ちょっと太り気味だったか。最近ろくな運動をしていないからな。 顔か?顔が悪いのか?老けているのか? それとも単にぶつからないように目標を把握しただけか?

いやいや、相手が自分を見ていたのはせいぜい2秒だ。 自分が意識している程、相手は僕を意識していないはずだ。 相手が1時間僕を注視しても、せいぜい一日の4%程度しか時間を割いていないはずだ。 活動時間と比較しても10%程度。 観察時間が秒のオーダーならその60^{-2}=1/3600倍になるわけだ。 数パーミル、数パーセントのオーダーだ。 これではとても意識して僕を観察していたとは言えまい。 それだけの価値を相手が見出したようには見えない。 そうだ、これは気のせいだ。

思わず考えながら歩いてしまった。 なぜこのような些細なことを気にしてしまったのだろうか。 そして、なぜこのような想像をしてしまったのだろうか。 非常に不健全な思考パターンだと言えるだろう。

段々考えが被害妄想めいて香ばしくなってきました。 そんなことを考えている自分に自覚している自分を観察しながら歩いていた今日の午後。 なかなか自分は狂っているのかもしれない。ははぁ。

鳥羽莉クリア

彼女達の流儀の話。

いや、面白かった。 朝っぱらからこんなゲームをやっていて、自分は廃人じゃなかろうか、と思いはじめた。 心配するのがだいぶ遅いかもしれないが。 鬱病患者としてエロゲーやってて「面白かった」ってどうよ。 鬱病の症状として「興味のあったものにも興味が湧かない」ってのがあったはずなのに反しているな。 ということは自分は廃人だな、廃人。決定。

ということは置いといて。

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ゲームの世界、その中での劇の世界、という二重構造でのやりとり。 永遠の存在としての吸血鬼とあってない存在である人間との生き方の違い。 この両テーマ、一方だけを扱った作品ならいくらでも見たことがあるが、両方を一度に扱ったものをはじめて見た。

正直、それぞれのテーマに対する考察ではこれといった新規性があるわけではない。 しかし、これら二つのテーマを組み合わせて物語を紡ごうとしたことに価値がある。 それぞれの世界での役割がオーバーラップするところに、この組み合せの妙がある。

時間とともに成長する人間には必ず訪れる死。 時間という存在から逸脱した、成長をしない吸血鬼には死が存在しない。 人間の節目には結婚すること、子供を持つこと、死ぬことがある。 人間として時間を過ごすとはそういうこと。 しかし、13歳という年齢で吸血鬼へと転化してしまった鳥羽莉にはそのどれも訪れることはない。

100年、1000年分の思い出を作るために胡太郎を演劇に誘う鳥羽莉。 その思い出を胸に孤独に耐えようとした鳥羽莉の覚悟。 だが覚悟をしたはずなのに、揺れてしまった心。 そして弱さを実感する、幼き心。 それを実感してなお、一歩踏み出す強き心、強き絆。

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鳥羽莉のツンデレっぷりはなかなかのものでした。 これは視点の交換によって得られた最大の効果じゃないでしょうか。 最初の意味不明なクールっぷり。 それが後なってどんな心境だったかを想像させるに足る後のモノローグ。 これでツンの理由が、心理が解釈可能な範囲に近寄ってきます。 この手法の選択、さじ加減は上手いと思いました。

そういえば、人間ってなんで永遠ということに拘るんでしょうなぁ。 人間自身は時間の流れに逆らえずに消え去る存在なのに。 いつの時でも物語のモチーフ、あるいは重要なファクターとして永遠は使われる。 それだけ人間にとって魅力的なものなのでしょうかね。

それにしても胡太郎の中の人は良いな。 良い感じです。 流石130cm。 ベクトルの絶対値が大きいです。 そのベクトルの大きさはうらやましい限り。 あー、僕も何か自分を衝き動かす欲望を見つけないと。

リフレイン

昨日の朝からずっと頭の中で流れていた音楽があった。 題名が思い出せずに「はて?」と考えていたのだが、つい先程思い至った。 ゲーム「彼女達の流儀」のOPだ。

確認したら、それだった。 題名は、Red-reduction division- というそうだ。 fripsideというグループが歌っているらしい。

それにしても自分は何を考えているのだろうか。 頭の中はそれ一色ではないだろうか。 もっと患者っぽく悩まなければ。 被害妄想チックに。

文章が読み易い

彼女達の流儀をプレイ中。 1週目、合宿中までプレイ。

このゲーム、(線が細く)絵も綺麗だが、思ったよりもテキストがしっかりしている。 読むこと、文字を目で追うことが苦痛ではない。 自然に入ってくる。 凄みのある文章でないが、これほどの自然な文章を書ける人とは。 正直恐れ入っている。 ま、たまに狙い過ぎのところもあるが。 全般的に安定して読み易い文章で作られている。 ここまでなるには、相当文章を書いたのだろうな、と想像させる。

感情という遊びを組み込んだシステム

どうして人間は感情を持っているのだろうか。 持っていても絶対的なメリットはなさそうな気がする。 むしろ、被るデメリットの方が大きいのではないだろうか。

例えば、やる気が変動すること。 マシンの様に感情に関係なく作業できれば、スケジュールも組み易かろうに。 まぁこの例で言えば、感情と実際の行動との間に関係がなければ良いのだけど。

この感情というものも進化の1パラメータなのだろうか。 そしてその感情の表しかたに個人差があるのも、種として生き残るためにはある程度種としての遊びが必要だから、だろうか。

カンブリア紀に生命の種の数が爆発的に増加したように、 現代人間社会において感情の表しかた、認知の仕方の種類が増えているのではないだろうか。 そして、カンブリア紀の後に多種の生命体が淘汰されたように、 これから人間の感情の表しかた、認知の仕方が淘汰されていくのではないだろうか。

そう考える根拠は無いのだが。 はて。 いつから夢想家になったのだろうか。自分は。

やり直す根気

やり直せる根気が大事だということを思い出した。

絶望からスタートするブログ:将棋対局をみて思ったこと 将棋の対局を見ていた感想を書いてある。 この記事を読んで、ふと思ったことがあった。

「棋士Aがさんざん先読みして手を決めた後、棋士Bが読みとは違う手を指した時、棋士Aはうんざりして先を読むのを止めてしまうだろうか」、ということを思った。 これは一種の「根気強さ」と表現することがでいるかもしれない。 上記エントリーでの"根気強さ"の指すものとはちょっと違うかもしれないが。 で、棋士Aは先読みが違ったからといって、それから先読みしないだろうか。 答えは否。 断じて否。 だろう。 時間が許す限り戦況を読むに違いない。 またその読みを外されることになろうとも。

何故だろうか。 何故そんな膨大な労力を使うのだろうか。 その労力を使うと決断できるのだろうか。 プロだから? 棋士だから? 対局しているから? 投了していないから? 対局している以上、負けたくないから? プロ棋士として生活がかかっているから? いくつか理由の候補は挙げられるが、どれが理由かが今の自分には判断できない。 ただ、理由が分からないにしても、棋士の人達は現実に読んでいる。 それだけの労力をかけている。

彼等は勝つという欲望を植え付けられた読むマシンなのだろうか。 いやいや、そんなばかな。 それとも勝ちを目指すことはそれほど自然なことだろうか。 確かにゲームをゲームとして成立させるためには、両者が勝ちを目指すという背反な条件が必要だ。

話は戻って、 将棋に限らず実際の生活でも自分はどうだろうか。 それだけの労力をかけているだろうか。 できてない。おそらく。 反省して、(できないにしても)ちょっとくらいは見習った方が良さそうだ。 許された時間内できるだけ先を読んで、時間内に一手指せるように。 確か、将棋にもそんな練習法があったはずだ。 僕に長考はまだ早いのかもしれない。

自転車でGO

昨日、友達と自転車で遊びに行ってきた。 26歳にもなって、自転車で遊びに行くとは思ってもいなかった。

市街地を走り抜け、買い物をして、お参りに行ってきた。 非常に健康的な行動パターンだっただろう。 自転車をこいだのは3、4時間だっただろうか。 日頃自転車を使わない自分にとっては十分な運動量だった。 十分。

自転車での移動中、何も考えないでこいでる時がある。 あの瞬間は良い。 これが続いたら、ひょっとしたら、自転車に乗ることを趣味にするかもしれない。 ま、ひょっとしたら、の話だが。

お尻が痛くなったのは、仕方ないか。 そのうち気が向いたら、サドルか専用のズボンでも買おう。

日記

[2006-07-15] は結構忙しい日だった。 思った以上に行動した。 この生活パターンならひきこもりではないだろう。 これを毎日やったら倒れるが。

午前はフランス語のレッスン。 相変わらずハードで、頭を使う。 内容は形而上学とか、ラテン語、ギリシア語とか歴史の話にも言及。 勉強になるなぁ。

午後は柔道の練習に参加。 暑い。 体力の低下を痛感。 ただ、一年生は息も切らさずにあしらえる。 これは知識の差、か。 あまり自慢できることではないな。 自慢すべきことでもないし。 自分の役目は、その知識を効率良く後輩に伝授することであるべきだ。 それにしても暑い。 練習後、後輩とノージャケットでやってみたが、圧倒的にこちらが有利だった。 やはり、ノージャケットでの経験が必要、ということか。 ふむ。

夜は同期、先輩と映画「パイレーツオブカリビアン2」を見に行った。 映画自体は退屈はしなかった。 悪くてもディズニーという感じ。 シナリオの時間配分を考えるとそろそろ収束しても良いころなのに、どんどん話が転がる。 「どう尺に収めるんだ?」と違った意味でドキドキしながら映画を見ていた。 ただ、作品に没頭できなかった。 画面の枠を強く感じたままで、中に入ることができなかった。 こんなことは無かった気がするのだが。 鬱の現象「世界との間に膜がある気がする」というものだろうか。 ちょっと集中しそこねた、か。

先輩達と話していたら、自分以外の人間はちゃんと生きていることが確認された。 自分もまともに生きていかねばならんなぁ、と思った。 できなくても、一応はやろうと思うものです。 やろうと思ってもできない。 なかなか。

ま、何はともあれ、 ちょっと今日は動き過ぎた。 予想以上にガス欠かも。 正直ツラい。

欲望と理性

一般に、欲望と理性は相対する物として表現される。 相対するということは、欲望と理性は同じレベルの物であるということだ。 機能としては、欲望は本能、衝動から発し、欲望を抑えるために理性がある、と考えている。

僕はここで、上とは違う主張をしたい。

理性は欲望の道具ではないか、と思うのだ。 より多くの欲望を満足させるために理性を使う。 つまり、欲望が理性をコントロールしているのだ。 欲望の制御下に理性がある、同じレベルで両者は存在していないのだ。

将棋で、歩で突き捨てて、その後に金銀両取りを狙われた場合を考えてみよう。

衝動的な欲望に従っていれば、即、歩を取ることになり、その後、両取りをかけられる。 使える駒を増やせるだけ増やしたい、という欲望からすれば、両取りをかけられれば状況としては痛い。

では、理性に従って考えた場合はどうだろうか。 突かれた歩を取ると、その後両取りをかけられることを察知して、歩を避けるなり、とられるなど我慢するだろう。 そして、数手先で評価して、「使えるこまを増やせるだけ増やしたい」という欲望を達成しようとする。

こう考えると、理性というのは、数手先を見越した欲望、という表現ができるかもしれない。 あくまでも数手、だが。 人間の処理能力ではそれが限界だ。 実際の世界に対する認識でもきっとそうだろう。(違う人もいるかもしれないが、少なくとも僕は)。

つまり、欲望に正直な行動と理性的な行動とは根本的には何も違いはないのだ。 欲望を達成しようとする。 違いは、どこまで見えているか。 そのカバーする範囲の広さだけだ。 それだけだ。

そのカバーする範囲の広さについてだが、広い方が良いのだろうか。 狭い方が良いのだろうか。 それとも最適値が存在するのだろうか。

たぶん、狭い方が良い、という可能性は少ないだろう。 先程の将棋の例でも、ある程度の先読みは必要になる。

ではやたらめったら広い方が良いのだろうか。 正直これは分からない。 広ければ広い方が良いのかもしれないが…どうなのだろうか。 たぶん、これの最終形態は、「考えられる手を調べ尽くす」というチェスのディープ・ブルーなどが対応するだろう。 でも、この方法が最良なのだろうか。 チェスのルールなら最良なのかもしれない。 しかし、将棋のような持駒ありのルールなら、実際の世界で欲望を達成するという多パラメータの調整はできるだろうか。

どこかに最適値があるとしたら、なにか定性的な表現ができるはずだ。 恐らく、先読みできるに越したことはない。 これが最適値の下限の条件となるのだろう。 今までの議論で明らかなことだ。これは問題ない。 そして反対に、ある程度の先読みで範囲を絞った方が良い。 これが最適値の上限の条件となるのだろう。 恐らく。 これに関しては自分の直感でしかない。 将棋プログラムからの類推でしかない。

やっぱり分からない。 どの程度先読みが必要なのか。 ただ、言えることは、あまりに衝動的な欲望に従ってばかりいると、あまり良い結果は出そうにない、ということだ。 ふむ。 新規性が無いな。

暑い

暑くて何もやる気になれませんでした。 PCに触ることも、本を読むことも。 考え事すらできませんでした。

今は少しできます。 ちょっと涼しくなってきましたから。 涼しいというか、暑くない、という方が適切かもしれませんけど。

この数日、いろいろ動かざるを得ない状況になって動いたら、後半は倒れてしまったという結果になりました。 なかなか適切な量活動するということは難しいことのようです。 過度に集中してしまって消耗しすぎました。 自分の状態をコントロールできないのは悪いクセのようです。

で、この2、3日は寝てばかりいます。 意識が朦朧として、横にならずにはいられません。 一日中寝ている感じです。 やろうと思ったことはいくつもあるのに、身体が、頭がそれについていかないのです。 なかなか歯痒い体験でした。

それはそうと、ガジェットトライアルの模擬戦第1ステージをやっとクリアしました。 面白そうなのですが、いかんせん、今の状態ではとても続けることができません。 よさげなゲームですね。はい。 ということで。

多少動けるか

演奏会の後、グラップリングの練習に参加してきた。 今日の練習テーマはアキレス腱固め。 ドリルの練習ではアキレス腱固めを極める、守るの練習を繰り返した。 まだ使い物にはならない。 練習段階。 これができれば足関節コンビネーションのバリエーションが一気に広がるのだが。 と目論見ながら、ドリル終了。

それからスパーリング。 まだ100%とは言わないが、以前と比べたら動けるようになってきたような気がする。 動きのみを見れば7、8割、体力も考慮すれば5、6割、といったところか。 身体の大きい相手に対しても、セオリー通り攻めて極めることができたし。 苦手な前三角にもある程度の多段階防御ができるようになった。 まぁ、結局は取られてしまったが。 これは防御のレベルを上げていくしかない。 今は、反応できる、防御の知識を使用できることが重要だ。

それにしてもヒザ十字なんて初めて極められた。 本当に極まるものだったんだ。 今まで極められたことがなかった。 新鮮な経験だったかもしれない。

今日のスパーリングの本数自体は少なかったようだ。 僕が2、3本休むだけであとは全部参加したのだから。 まぁこれでも運動時間としては十分できた。 目的がダイエット、脂肪燃焼だから。 適度に、適切な運動量で自分を追い込んでいこう。

音楽会

今日はコンサートを聴きに行ってきた。 曲目はこんな感じ。 全く予備知識はないのだが。

  • ラフマニノフ/ピアノ三重奏曲 第1章 ト短調「悲しみの三重奏曲」
  • チャイコフスキー/ピアノ三重奏曲イ短調 作品50「偉大な芸術家の思い出に」

構成は

  • ピアノ
  • バイオリン
  • チェロ

の3つ。 3人のみでの演奏。

まさか室内楽がこんなに迫力のあるものだとは思ってなかった。 会場が狭いせいだったのかもしれない。 演奏者の息遣いまで聴こえるような所だったので。 それにしても、同じ面子の演奏を以前にも聴いたことがあるらしいのだが…あまり記憶にない。 本当に同じ面子なのだろうか。 にわかには信じられない。

演奏を聴いている最中に何か劇を見ているような気分になってしまった。 女性役のバイオリン。 男性役のチェロ。 そしてBGMとしてのピアノ。 そんな情景が浮かんできた。 そういえば、チェロというのは男性の声に近い楽器だと聞いたことがある。 どこだっただろうか。 まぁ、いいか。 そんなことを考えながら演奏に聴き入っていた。

さっきも言ったが迫力が凄かった。 たった3人でも迫ってくるものがある。 音の持つエネルギーが違う。 まぁ、比べるのが、学生のオーケストラとかだから、比べるのは失礼なのかもしれない。 今回の演奏者はそれぞれソリストとしても活躍している程の技量を持っているので。 これには舌を巻いた。 室内楽をやる人間とはこんな凄い人達ばかりなのだろうか。

そしてもう一つ以外なことに気がついた。 自分は弦楽器の音に圧倒されていた。 今まではピアノ(鍵盤楽器)の音の善し悪しは分かるつもりでいたが、今回は弦楽器の音に圧倒された。 あの音は学生には出せない。 あれだけの厚みのある音は出せない。 今までの自分ならピアノの音限定で演奏を聴いていたであろうところが、 今回は3人の演奏をそれなりのバランスで聴くことができた。 これは新しい経験と言ってよいだろう。 その反応にびっくりした自分に気付いた。 確かにそれに気付いた自分に気付いた。

蔵書管理-僕の場合-

いきなりですが、皆様は蔵書管理をどうされているでしょうか。 なにか特別なソフトを利用されているのかもしれません。 今回は僕の蔵書管理方法を紹介しようと思います。 例によって、emacs(meadow), tex, bibtexなどのコマンドラインのツールたちばかりです。

僕は蔵書管理にbibファイルを使っています。 たとえば、

@Book{ichigo_taruto,
  author = {{米澤 穂信(著)}},
  title = {{ 春期限定いちごタルト事件 }},
  publsher = {{ 東京創元社 }},
  year = { 2004-12-18 },
  annote = { },
  ISBN = { 4488451012 }
}

というデータを延々とhogehoge.bibというファイルに書いているのです。 この

@Book{
......
}

という塊が一冊の本のデータを示しています。

何故これを使うかというと、texで引用しやすいからです。 (j)bibtexというツールを使います。 運がよければtexのセットとして入っているかもしれません。 これはどっかのページで調べてください。

で、論文を書くためにせっせと文献をbibファイルに入力していました。 そして、惰性で普通の本もbibファイルに入力することにしました。 使い慣れているので。

前置きはこれくらいにして、ここで使い方を少し説明しましょう。 基本的にreftex-modeを利用するのです。

まずはreftex-modeを利用したtexでの使い方を説明しましょう。

  1. bibファイルを用意する
  2. Emacsでtexファイルを編集する
  3. M-x reftex-mode でreftex-modeにする
  4. 編集しているファイルの文献を挿入したいところで、C-[ (keyword)を押して目的の文献のところでリターンを押す

これで目的の文献が挿入されることになります。 つまり、

\cite{ichigo_taruto}

と挿入されたわけです。 これで第一段階完了です。

reftex-mode.PNG

さて、次に、普段のメモで本との接点を持ちたい場合の利用法です。 これもreftex-modeを利用することにします。

以前も書きましたが、僕はhowmを利用して脳内アナウンスをメモしています。 だから、howmのメモファイルに先程のような\cite{ichigo_taruto}なんて文字列が自動的に挿入されると都合が良いわけです。 やっていることは同じなので、ここでもreftex-modeを使うことにします。 ただ、毎回使う度にM-x reftex-modeとしているのでは賢くありません。 ということで、howmが立ち上がった瞬間、自動的にreftex-modeも立ち上げることにします。

(add-hook 'howm-mode-hook
	  '(lambda ()
	     (define-key howm-mode-map "\C-c[" 'my-reftex-citation)))

こんな感じですね。 my-reftex-citationはあらためてこのように設定しています。 ここでreftexの関数を使っているわけです。

(defun my-reftex-citation ()
  (interactive)
  (require 'reftex)
  (let ((reftex-cite-format '%l))
;  (let ((reftex-cite-format 'locally))
    (reftex-citation)))

順番が前後しましたが、ここらの設定は最終的に.emacsでこのように設定しています。

;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;
; for bibtex
;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;

(defun my-reftex-citation ()
  (interactive)
  (require 'reftex)
  (let ((reftex-cite-format '%l))
;  (let ((reftex-cite-format 'locally))
    (reftex-citation)))

(add-hook 'howm-mode-hook
	  '(lambda ()
	     (define-key howm-mode-map "\C-c[" 'my-reftex-citation)))

見たら分かるように、reftex-citationを起動するキーコマンドは C-c [ と設定しています。 これでreftex-modeでの文献選択画面になります。 そして文献を選択してエンターキーを押すことで、

\cite{ichigo_taruto}

とかの文字列がhowmのメモファイル中に挿入できます。 ありがたいことです。 別の文字列(書籍名、著者名など)を挿入したい場合はreftexのinfoで引数を調べてください。

もしこの後、例のichigo_tarutoについて調べたい場合は、howmの検索機能を使って

(C-c ,) g ichigo_taruto

と入力すれば関連するメモを一覧することができるでしょう。 なかなか便利です。

この C-c [ というキーコマンドの便利さはなかなか捨て難いものがあります。 専用のキーだけでそのように操作できるのです。 マウスは必要ありません。

また、必要なファイルもbibファイルだけです。 bibファイルも要するにテキストファイルなので、どのようにでも変換可能です。 最悪、専用のソフトも必要ありませんし。 いや、最悪、自分で変換スクリプトを作ることすらできます。 自分で利用したいように利用できるのです。

なお、今回紹介した利用法は、適切なBIBファイルの設定(置き場所も含む)などが必要になるかもしれません。 BIBINPUTSなどの環境変数の設定を確認すれば問題ないでしょう。

ただ

bibファイルを正直に作るの面倒

と思う人がいるかもしれません。 (ここまでこの記事を読んでいる人にしては珍しいですが。) 徹底的に楽を追求する。 楽の追求のために知恵を絞る。 PCを使う人間としては正しい姿勢だと思います。 そんな人のために、ISBNを入力することで、タイトル、著者名、出版社、出版年月日をbibtex形式で自動入力してくれるスクリプトを紹介します。 ですが、ま、それは次の機会ということで。

寝れませんな

どうもおかしい。 この頃夜に寝れない。 昨夜は02:00に就寝して、目が覚めたのが05:17。 時間にして3時間ちょっとしか寝てないじゃないか。

多少あたまに霞がかっているけど、機能しないわけではない。 今日は頭痛するわけでもないから問題ないんだけど。

ちょっとこの頃の体調の狂い振りにはほとほと困っています。 こんなんで柔術の試合に出場できるのでしょうか。

---

話は遡ります。

ある日グラップリングの練習後に「komatsunaさん、試合でませんか?団体戦」と言われました。 戦力として見ていただけるのは嬉しいのですが、それまでの調整やらの経験もありません。 ましてや、現在情緒不安定で本人の手にもあまるようなシロモノなんですが。 そのあとも「ぜひ考えてください」と言われてしまい、なかなか。

ま、こっちの方が助かるんですが。 動機が外からやってくると、あとは自動的にそれに対応するように行動するだけなんで。 やると決まったらやります。

ま、その前にお医者さんに相談してみようとは思います。 自分の素人考えでは問題なさそうな状況なのですが、専門家から見たら危険にも思えるケースがあるかもしれません。 ほら、「抗鬱剤の摂取は自殺のリスクを増加させる」とか。 ということでお医者さんの意見は聞いてこようと思います。

もっとも、医者さんの専門知識により「ダメ!!絶対!!」と言われないかぎり、「でてもいい…らしいよ」と解釈しているかもしれませんが。 これじゃ意味がない? ごもっともなことで。

不満に思っている?

以前のエントリー

不満に思っているなら、状況を変えればよい

と書いたのだが、ここでハタと気がついた。 今まで僕は不満に思っているとは考えていなかった。 その考えに至っていなかった。 ところが、先の文章が自然に出てきた。 ということは、無自覚にも不満に思っていると見たほうが妥当な気がする。

不満に思っている、という前提で話を進めよう。 何を不満に思っているのか。 さて、心当たりがあるといえばあるが、ないといえばない。 ことがら全部に対してだからだ。 こんな意味のない問答には付き合えない。 もう少し、分解して、それぞれを考えてみよう。

ONE

先日 僕の夢は消えること だと話したら、友達が

タクティクスにONEというゲームがありましてね、

という話をしてくれました。 いやぁ、懐しい話です。

ちなみにONEというゲームは不思議な世界に呼ばれている人が主人公なエロゲーです。 気を抜いていると、「永遠はあるよ」とか言われて、現実世界から引っこ抜かれてしまいます。 ごく一般的なことですが、18歳未満の人がこれを知っていてはいけないことになっています。

この話を聞いて感じたことは

  • 迷ったときは原点に戻ろう
  • ちょっと設定がちがうんだが

ということでした。

まず、「迷ったときは原点に戻ろう」について。 ONEは僕の人格形成に大きな影響を与えたゲームであろうことは間違いありません。 厳密には原点、ではないのかもしれませんが。 非常に原点に近いところであることは確信しています。 そうでなれば僕は真人間として生きていたかもしれません。 ひょっとしたら。 まぁそれはともかく、僕はその時期にリアルには起こりえないこと、物語を楽しんでいたことは事実です。 その記述と自分の感覚との差をどのように解釈し、どのように乗り越えていくか。 ウェブの海に潜ったり、散乱する文献を漁り読んだりしたものでした。

あの頃を考えてみるとエネルギーに満ちていました。 何かをしようとすると、すぐにとりかかることができました。 非常に活性化エネルギーが小さかったのです。 年月を経るごとにその活性化エネルギーが大きくなってきました。 何をするにも結構な準備や意気込みが必要になってきました。 なんというか、時が逆触媒のような効果を持ち始めたのです。 *1 あのころは何を考えて生きていたのでしょうか。 もうすこし考えてみても良いかもしれません。

さて、次に「ちょっと設定がちがうんだが」という話にいきましょうか。 ONEでは消滅する運命にある主人公が現実の人間との繋がりにより現実世界に残る、プレイヤーとしては現実世界に残ることを目指すゲームです。 で、僕の場合は、最終的なゴールが消滅することにあります。 ですから僕がONEの主人公なら運命のままに消滅することを受け入れるということになります。 これではゲームがなりたちません。 プレイヤーにとっての目的と障害とが一致していますから。 一方に極端に走るだけです。 あ、いや、ゲームというのは障害と目的とが背反する状況でどのように状況を打開するか、という僕の考えが先にあるのですが。 まぁどうでもいい話でしたかね。

そんなどうでも良いことを考えた数日でした。

考えてみたのですが、 今生きている世界に不満があるなら、別の世界に行けば良いだけの話ですね。 別の世界というと大袈裟ですが、つまり別の状況になれば良いわけです。

例えば僕は今、日本に住んでいます。 おそらく、一般的な日本人の生活環境でしょう。 それが不満なら別の環境に身を置いてやればよいのではないでしょうか。 考えてみました。

  • 樹海の人になる
  • 海外に逃亡する
  • 共産圏に亡命する
  • 仏門に入る
  • 自衛隊に入る
    • 体力的な理由により後方支援のみ
    • 幹部候補生は年齢的な理由でそろそろアウト?
  • 鬱病患者のモルモットとして、実験台にされる。
    • それはそれで刺激に満ちているかもしれません。

まぁ、ここらへんでしょうか。 問題はwwwに繋がったPCを触れるか、と、本があるか(分野は基本的に問わない)というとでしょうか。 僕は人と話さなくても何時間でも時間を潰せますが PCと本がなければ時間は過ぎません。 いや、廃人のように横たわることならできるのですが。

贅沢でしょうか。 このような願望がある限り、共産圏への亡命は難しそうですね。 望む情報が供給されないかもしれません。中国みたいに。 ふむ。 なかなか道は開けてきませんな。 脳が爛れているだけなのかもしれません。 いや、きっとそうでしょう。

結局なにも結論は出せませんでした。 ま、出たのは僕の脳内アナウンスのみですね。 ま、いいでしょう。 これが僕の考えかた、考えかたのクセですから。 それをモニターしていることにしましょうか。


*1逆触媒:触媒の逆の効果を示すものをあらわす僕の造語。触媒とは自身は変化せずに反応の活性化エネルギーを減少させる物質を指す。

僕の夢

それは、消えること。

死ぬと、知り合いに「僕が死んだ」という情報が流れてします。 ひょっとしたら、家族は悲しんでくれるかもしれない。

それに対して、消える、とはどういうことか。 これは、「はじめからkomatsunaという存在はなかった」とすることだ。 誰も僕のことを覚えていない。 誰も僕のことについて話さない。

ただ、そこに在ったものがフッと消えるだけ。

死後のこの世界のことを心配するなんて、エピクロス主義者が見たら笑われるかもしれない。 しかし、今の自分にはそういった選択しかできない。 その考えかたしかできないのも事実だ。 なかなか悟り切れるものではない。 また、共同生活を通して得られる体験というのもなかった。

だから、僕は消えることを願う。

たまに、仏門に入ることを願うのだけれども。

欲望不足

さて、自分は欲望を持ちたい、という欲望があります。

何かの目的のためにギラギラとした狩猟者のような目付きが欲しい。 その訓練に耐えられるか、という話は置いといて。

自分は今、何を欲っしているのか自分でも把握できない状況です。 一体なにを欲しているのか。 試しては打ち破れ、試しては打ち破れ、ということを繰替えしている。

しかし時間的にトライ&エラーで探せる時間も無くなってきた。 そろそろ諦めて社会一般への道へ取り込まれるような気がしないでもない。

しかし、恐しい。 食べるために労働するだなんて。 そんなナンセンスな。 生きて何かを明らかにするために、生きる手段として労働するのなら話はまだわかる。 しかし、ただ生きるためだけに労働するなんて。 考えたくないものですな。

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